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東京地方裁判所 平成11年(刑わ)3300号 判決 2000年12月21日

主文

被告人庄野昌宏を懲役三年六月に、被告人矢田隆志を懲役二年六月に、被告人庄野信二を懲役一年六月に処する。

被告人庄野昌宏に対し、未決勾留日数中三〇日をその刑に算入する。

この裁判確定の日から、被告人矢田隆志に対し四年間、被告人庄野信二に対し三年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人庄野昌宏は、不動産の取得、処分及び賃貸借等を目的とする株式会社ワールド・ベル(平成七年一一月二四日、「ベル興産株式会社」から商号変更)の代表取締役として、更に同会社の関連会社である土地建物の賃貸、仲介、所有及び管理等を目的とする株式会社ベル・アンド・ウイングの実質的経営者として、右両会社の業務全般を統括している者、被告人矢田隆志は、株式会社ワールド・ベルの財務部長、被告人庄野信二は、被告人庄野昌宏の次男で株式会社ベル・アンド・ウイングの代表取締役であった者であるが、

第一  被告人庄野昌宏及び被告人矢田隆志は、共謀の上、被告人庄野昌宏が自宅として使用していた同被告人の妻A、長男庄野栄一、次男庄野信二及び株式会社エムアンドエス共有名義の東京都大田区田園調布三丁目二八番二の宅地(三八九・一九平方メートル)及び建物(家屋番号二八番二の二)に対する根抵当権者浅草信用金庫(平成八年一〇月七日、朝日信用金庫と合併し、現「朝日信用金庫」)、債務者ベル・リアルエステート株式会社及び株式会社ベル、極度額八億円等とする根抵当権設定登記を不法に抹消しようと企て、平成一〇年一一月一八日ころから平成一一年一月一二日ころにかけて、同都台東区浅草二丁目一番一三号朝日信用金庫浅草雷門支店において、同支店融資係上席調査役木村裕及び調査役湯澤守正に対し、真実は、平成一〇年一〇月三〇日、株式会社住宅金融債権管理機構に、被告人庄野昌宏において個人保証していた株式会社ワールド・ベル及びベル・リアルエステート株式会社に対する残債権元金及びこれに対する利息金、損害金を債権放棄してもらったことにより、右宅地及び建物に設定されていた根抵当権者株式会社住宅金融債権管理機構、債務者被告人庄野昌宏、極度額五億四五〇〇万円、債権の範囲手形貸付取引、手形割引取引、証書貸付取引、保証取引、手形債権、小切手債権等とする第一順位の根抵当権が消滅し、第二順位であった朝日信用金庫の右根抵当権が第一順位になるに至ったのにこれを秘し、株式会社住宅金融債権管理機構から右宅地及び建物の任意売却を迫られている事実がないのに、あたかもこれあるように装い、「住管に対しては、多額の借入残が残っているので、住管から物件を処分して弁済するように強く迫られています。社長の自宅を任意売却して住管に弁済するつもりなんですが、お宅の担保が付いていると処分がし難いので、抵当権の登記を抹消してもらえませんか。」、「住管からは、年内にも処分して弁済するように強く迫られています。これに応じられなければ、住管はワールド・ベルの物件すべてに競売や賃料差押えをかけると言っています。そうなれば、会社の資金はたちまち底を尽き、朝日信金さんに支払っている現在の弁済にも影響が出てきます。社長の自宅については、朝日信金さんは、極度額八億円の根抵当権を第二順位で付けていますが、住管が第一順位に五億四五〇〇万円の根抵当権を付けているので、競売になったら朝日信金さんの方には配当はありません。」、「住管から今年の三月いっぱいで物件を処分して弁済するように強く迫られているんです。ご承知のとおり、住管の中坊社長は債権回収に対してはかなり厳しい。うちとしては、早急に社長の自宅を任意売却して住管の弁済に回したいんですが、お宅の根抵当権の登記が付いていると、売却し難いんで、どうしても抹消して欲しいのです。住管が競売を申し立てた場合は、お宅は一銭も貰えないでしょう。」、「二〇〇万円ということで是非お願いします。」などと虚構の事実を申し向け、右湯澤、木村及び朝日信用金庫代表理事理事長塚原和郎らをしてその旨誤信させ、よって、平成一一年二月五日ころ、右朝日信用金庫浅草雷門支店において、右木村をして、被告人矢田隆志が提供する現金二〇〇万円と引換えに、情を知らない司法書士西川雄二に朝日信用金庫の右根抵当権抹消登記手続のための必要書類を交付させ、同年二月八日、同都大田区大森北四丁目一六番八号東京法務局大森出張所において、右西川をして、同出張所登記官に対し、根抵当権抹消登記を求める登記申請書等の関係書類を提出させて右根抵当権抹消登記の申請をさせ、同日、同所において、情を知らない同出張所登記官をして、右根抵当権の抹消登記をさせ、もって、人を欺いて財産上不法の利益を得た(平成一一年一一月二五日付け起訴第一)。

第二  被告人庄野昌宏は、株式会社ベル・アンド・ウイング従業員の小林昌代、同女の妹谷田あゆみらと共謀の上、実体のない有限会社エイ・ワイの設立登記をしようと企て、真実は、右谷田あゆみにおいて同会社の資本金を出資した事実がなく、同会社の事務所など存在しないのに、平成一〇年三月二六日、東京都品川区広町二丁目一番三六号東京法務局品川出張所において、情を知らない司法書士小室重信をして、同出張所登記官に対し、商号を「有限会社エイ・ワイ」、目的を「1.食品の輸出入並びに販売 2.不動産の取得、処分、賃貸並びに管理 3.上記各号に付属する一切の業務」、本店所在地を「東京都品川区西五反田二丁目一三番六号」、社員の氏名及び住所並びに出資口数を「東京都世田谷区岡本三丁目(以下略) 出資口数六〇口 谷田あゆみ」、取締役を「谷田あゆみ」等とする有限会社設立登記を求める登記申請書等の関係書類を提出させて内容虚偽の同会社設立登記の申請をさせ、情を知らない同出張所登記官をして、商業登記簿の原本にその旨不実の記載をさせ、即時、これを同所に備え付けさせて行使した(平成一一年一一月二五日付け起訴第二の一)。

第三  被告人庄野昌宏は、長男庄野栄一らと共謀の上、前記第一記載の宅地及び建物(いずれも、平成一一年四月二六日以降、妻A、長男庄野栄一及び次男庄野信二の共有名義)に対し仮装の根抵当権設定仮登記をしようと企て、妻A、長男庄野栄一、次男庄野信二が前記第二記載の有限会社エイ・ワイから金員を借り受けた事実も、右宅地及び建物に根抵当権を設定した事実もないのに、平成一一年五月一二日、前記第一記載の東京法務局大森出張所において、情を知らない司法書士小室重信をして、同出張所登記官に対し、妻A、長男庄野栄一、次男庄野信二の右宅地及び建物の各持分に対し権利者を右有限会社エイ・ワイ、極度額を一億五〇〇〇万円、債権の範囲を金銭消費貸借取引等とする根抵当権設定仮登記を求める登記申請書等の関係書類を提出させて内容虚偽の右根抵当権設定仮登記の申請をさせ、情を知らない同出張所登記官をして、不動産登記簿の原本にその旨不実の記載をさせ、即時、これを同所に備え付けさせて行使した(平成一一年一一月二五日付け起訴第二の二)。

第四  被告人庄野昌宏、被告人矢田隆志及び被告人庄野信二は、ベル興産株式会社常務取締役清水隆行らと共謀の上、昭和六三年六月六日付けでベル興産株式会社とセントエヴァンス株式会社との間で締結されたベル興産株式会社所有の東京都江戸川区西一之江四丁目一三番七号所在の賃貸建物「ウイングボックス一之江」に関する賃貸借契約の期間が平成六年六月一五日に終了するに際し、先に平成五年五月七日付け東京地方裁判所裁判官発付の債権差押命令によりベル興産株式会社がセントエヴァンス株式会社に対して有する賃料債権が差し押さえられ、セントエヴァンス株式会社において平成五年六月分以降の賃料を東京法務局に供託していたことから、単に契約更新しても引き続き賃料を供託され、又は債権者から右賃料債権等を差し押さえられる可能性があるので、「ウイングボックス一之江」の賃料を使用損害金名目で受領することにより右賃料債権等に対する強制執行を免れようと企て、真実は引き続きセントエヴァンス株式会社に「ウイングボックス一之江」を賃貸し同会社から賃料を受領する意図であるにもかかわらず、強制執行を免れる目的で、平成六年六月二七日ころ、同都新宿区四谷四丁目二八番地一四所在のセントエヴァンス株式会社において、「ベル興産株式会社とセントエヴァンス株式会社は、『ウイングボックス一之江』の賃貸借契約が平成六年六月一五日をもって合意解約され、同日終了したことを確認する。ベル興産株式会社はセントエヴァンス株式会社に対し『ウイングボックス一之江』の明渡しを平成七年六月末日まで猶予する。セントエヴァンス株式会社はベル興産株式会社に対し、明渡しに至るまで使用損害金として、月額二〇〇万円を支払う(支払時期及び支払方法は賃料の支払の定めと同じとする)。ベル興産株式会社とセントエヴァンス株式会社は、上記各項を即決和解とすることを定める。」との趣旨の覚書を締結した上、平成六年九月二六日、同都千代田区霞が関一丁目一番二号東京簡易裁判所即決和解室において、情を知らない同裁判所裁判官の面前で、ベル興産株式会社を申立人、セントエヴァンス株式会社を相手方とする「当事者双方は、『ウイングボックス一之江』の一時使用契約が平成六年六月二七日付にて合意解約されたことを確認する。申立人は相手方に対して『ウイングボックス一之江』の明渡しを平成七年六月末日まで猶予する。相手方は申立人に対して平成六年六月二八日より右明渡済まで、毎月末月限り月額金二〇〇万円の割合による損害金を申立人の指定する金融機関に持参又は送金して支払う。」との趣旨の訴え提起前の和解を成立させ、よって、セントエヴァンス株式会社社員をして、別表一のとおり、平成六年七月一日ころから平成七年七月三一日ころまでの間、前後一五回にわたり、本来、ベル興産株式会社が受け取ることの出来ない賃料二八六八万五〇〇〇円を同都渋谷区桜丘町二五番一四号所在(当時)の株式会社東京相和銀行渋谷支店及び同都港区北青山三丁目六番一号所在の株式会社三菱銀行青山支店に開設されたベル興産株式会社名義の当座預金口座等に振込入金させるなどして、その都度供託をさせず、さらに平成七年八月一〇日、神奈川県平塚市見附町四三番九号所在の平塚簡易裁判所和解室において、情を知らない同裁判所裁判官の面前で、ベル興産株式会社を申立人、セントエヴァンス株式会社を相手方とする「当事者双方は、『ウイングボックス一之江』の一時使用契約が、平成六年六月二七日付にて合意解約されたことを確認する。申立人は、相手方に対して『ウイングボックス一之江』の明渡しを平成一二年六月末日まで猶予する。相手方は、申立人に対して平成七年七月一日より右明渡済まで、毎月末日限り、月額金二〇〇万円の割合による損害金を申立人または申立人の指定する者に対し、申立人の指定する方法で支払う。」との趣旨の訴え提起前の和解を成立させた上、そのころ、前記セントエヴァンス株式会社等において、「平成七年八月一〇日成立した和解に基づき、ベル興産株式会社がセントエヴァンス株式会社に対して有する損害金請求債権を株式会社ベル・アンド・ウイングに譲渡し、かつこれをセントエヴァンス株式会社に通知したことを確認する。」との趣旨の債権譲渡確認書を作成し、よって、セントエヴァンス株式会社社員をして、別表二のとおり、平成七年八月三一日ころから平成一一年一一月一日ころまでの間、前後五〇回にわたり、ベル興産株式会社(商号変更後は株式会社ワールド・ベル)に帰属すべき賃料九二七六万六三二五円を東京都港区南青山三丁目三番地三号丸金南青山リビエラビル四階所在の株式会社日本債券信用銀行青山支店(当時)、同都渋谷区渋谷一丁目二四番一二号所在の同銀行渋谷支店及び同都渋谷区渋谷二丁目一七番の五号所在の商工組合中央金庫渋谷支店に開設された株式会社ベル・アンド・ウイング名義の当座預金口座に振込入金させて、その都度供託をさせず、もって、強制執行を免れる目的で財産を隠匿した(平成一一年一二月一六日付け起訴)。

第五  被告人庄野昌宏は、ベル興産株式会社所有の東京都中央区銀座一丁目二〇八番一九の土地(一八八・四二平方メートル)及び同二〇八番三七の土地(二三・一七平方メートル)並びに建物(家屋番号二〇八番一九の一)に対し仮装の所有権移転仮登記をしようと企て、真実は、ベル興産株式会社が有限会社ウイングコードに右土地及び建物を売却した事実などないのに、平成七年七月七日、同都千代田区大手町一丁目三番三号東京法務局において、情を知らない司法書士木村誠をして、同法務局登記官に対し、右土地及び建物について平成七年六月二二日売買を原因とする有限会社ウイングコードに対する所有権移転仮登記を求める登記申請書等の関係書類を提出させて内容虚偽の右所有権移転仮登記の申請をし、情を知らない同法務局登記官をして、不動産登記簿の原本にその旨不実の記載をさせ、即時、これを同所に備え付けさせて行使した(平成一二年一月七日付け起訴第一)。

第六  被告人庄野昌宏、被告人矢田隆志及び被告人庄野信二は、共謀の上、東京地方裁判所裁判官が不動産競売の開始決定をした前記第五記載の土地及び建物について、その売却の公正な実施を阻止しようと企て、右土地上の地上権及び建物について、三菱信託銀行株式会社が昭和五九年三月一三日付けで設定登記した根抵当権に基づき平成七年九月一三日付けで不動産競売を申し立てたことにより、同年九月一九日付けで同裁判所裁判官が発付した競売開始決定に基づき、同年一一月二一日ころ、同裁判所執行官矢吹勝啓が現況調査のため右土地及び建物に関する登記内容、占有状況等について説明を求めた際、右矢吹に対し、真実は、ベル興産株式会社がアールエスファンド株式会社(平成二年九月五日、「ベル・リアルエステート株式会社」に商号変更)に昭和五九年一月一二日付けで右建物を一括賃貸しこれを引き渡した事実などないのに、「建物は昭和五九年一月一二日にベル興産株式会社がアールエスファンド株式会社に賃貸し引き渡したものを、平成四年四月一日にアールエスファンド株式会社が株式会社ベル・アンド・ウイングに借主の地位を譲渡した。」旨の虚構の事実を申し向けるとともに、内容虚偽のベル興産株式会社、アールエスファンド株式会社間の昭和五九年一月一二日付け建物賃貸借契約書及び建物引渡し確認書並びにベル興産株式会社、ベル・リアルエステート株式会社(旧商号「アールエスファンド株式会社」)、株式会社ベル・アンド・ウイング間の平成四年四月一日付け借主の地位の譲渡にかかる合意書等を提出し、右矢吹をしてその旨誤信させて現況調査報告書にその旨内容虚偽の事実を記載させた上、平成八年一月一〇日ころ、これを同裁判所裁判官に提出させ、更に右土地について、三菱信託銀行株式会社が平成二年九月二八日付けで設定登記した根抵当権に基づき平成九年七月三〇日付けで不動産競売を申し立てたことにより、同年九月一九日付けで同裁判所裁判官が発付した競売開始決定に基づき、同年一〇月二七日ころ、同裁判所執行官榊原勝利が現況調査のため右土地及び建物に関する登記内容、占有状況等について説明を求めた際、右榊原に対し、前同様の虚構の事実を申し向け、右榊原をしてその旨誤信させて現況調査報告書にその旨内容虚偽の事実を記載させた上、同年一一月一八日ころ、これを同裁判所裁判官に提出させ、同裁判所裁判官から右土地及び建物に関する評価命令を受けた情を知らない評価人蒲生豊郷をして、右内容虚偽の事実が記載された現況調査報告書等に基づき、不動産競売による売却により効力を失わない建物賃借権の存在を前提とした不当に廉価な不動産評価価格を評価書等に記載させた上、平成一〇年三月二三日ころ、これを同裁判所裁判官に提出させ、同年三月二五日ころ、情を知らない同裁判所裁判官をして、右両競売事件の併合を決定した際、不動産競売による売却により効力を失わない建物賃借権の存在を前提とした不当に廉価な最低競売価格を決定させるとともに、同年七月一日ころ、東京都千代田区霞が関一丁目一番四号所在の同裁判所において、情を知らない同裁判所職員をして、右内容虚偽の事実が記載された現況調査報告書等を入札参加希望者が閲覧できるように備え付けさせ、もって、偽計を用いて公の入札の公正を害すべき行為をした(平成一二年一月七日付け起訴第二)。

第七  被告人庄野昌宏、被告人矢田隆志及び被告人庄野信二は、共謀の上、東京地方裁判所裁判官が不動産競売の開始決定をしたベル興産株式会社所有の土地及び建物について、その売却の公正な実施を阻止しようと企て、

一  ベル興産株式会社所有の東京都渋谷区東三丁目七七番三の土地(一三八・五三平方メートル)及び建物(家屋番号七七番三の五)について、株式会社三菱銀行が根抵当権(昭和五八年五月一八日付け設定登記)に基づき平成七年一〇月二七日付けで不動産競売を申し立てたことにより、同年一〇月三一日付けで東京地方裁判所裁判官が発付した競売開始決定に基づき、同年一二月五日ころ、同裁判所執行官古島正彦が現況調査のため右土地及び建物に関する登記内容、占有状況等について説明を求めた際、右古島に対し、真実は、ベル興産株式会社がアールエスファンド株式会社に昭和五八年三月七日付けで右建物を賃貸しこれを引き渡した事実などないのに、「建物は昭和五八年三月七日にベル興産株式会社がアールエスファンド株式会社に賃貸し引き渡したものを、平成四年四月一日にアールエスファンド株式会社が株式会社ベル・アンド・ウイングに借主の地位を譲渡した。」旨の虚構の事実を申し向けるとともに、内容虚偽のベル興産株式会社、アールエスファンド株式会社間の昭和五八年三月七日付け事務所賃貸借契約書及び引渡し確認書並びにベル興産株式会社、ベル・リアルエステート株式会社(旧商号「アールエスファンド株式会社」)、株式会社ベル・アンド・ウイング間の平成四年四月一日付け借主の地位の譲渡にかかる合意書等を提出し、右古島をしてその旨誤信させて現況調査報告書にその旨内容虚偽の事実を記載させた上、平成七年一二月二七日ころ、これを同裁判所裁判官に提出させ、同裁判所裁判官から右土地及び建物に関する評価命令を受けた情を知らない評価人宮之原和彦をして、右内容虚偽の事実が記載された現況調査報告書等に基づき、不動産競売による売却により効力を失わない建物賃借権の存在を前提とした不当に廉価な不動産評価価格を評価書に記載させた上、平成八年六月五日ころ、これを同裁判所裁判官に提出させ、平成八年一二月二〇日ころ、情を知らない同裁判所裁判官をして、不動産競売による売却により効力を失わない建物賃借権の存在を前提とした不当に廉価な最低売却価格を決定させるとともに、平成九年三月五日ころ、前記東京地方裁判所において、情を知らない同裁判所職員をして、右内容虚偽の事実が記載された現況調査報告書等を入札参加希望者が閲覧できるように備え付けさせ、もって、偽計を用いて公の入札の公正を害すべき行為をした(平成一二年一月二八日付け起訴第一の一)。

二  ベル興産株式会社所有の東京都目黒区中根一丁目一七九二番一六の土地(四三八・八五平方メートル)及び同一七九二番三の土地(三二・五七平方メートル)並びに建物(家屋番号一七九二番一六)について、株式会社三菱銀行が根抵当権(昭和六〇年四月二六日付け設定登記)に基づき平成七年一〇月二七日付けで不動産競売を申し立てたことにより、同年一〇月三一日付けで東京地方裁判所裁判官が発付した競売開始決定に基づき、同年一二月一二日ころ、同裁判所執行官田中丈彦が現況調査のため右土地及び建物に関する登記内容、占有状況等について説明を求めた際、右田中に対し、真実は、ベル興産株式会社がアールエスファンド株式会社に対し昭和六〇年三月五日付けで右建物を賃貸し引き渡した事実などないのに、「建物は昭和六〇年三月五日にベル興産株式会社がアールエスファンド株式会社に賃貸し引き渡したものを、平成四年三月二日にアールエスファンド株式会社が株式会社ベル・アンド・ウイングに借主の地位を譲渡した。」旨の虚構の事実を申し向けるとともに、内容虚偽のベル興産株式会社、アールエスファンド株式会社間の昭和六〇年三月五日付け賃貸借契約書及び引渡し確認書並びにベル興産株式会社、ベル・リアルエステート株式会社(旧商号「アールエスファンド株式会社」)、株式会社ベル・アンド・ウイング間の平成四年三月二日付け借主の地位の譲渡にかかる合意書等を提出し、右田中をしてその旨誤信させて現況調査報告書にその旨内容虚偽の事実を記載させた上、平成八年三月二八日ころ、これを同裁判所裁判官に提出させ、同裁判所裁判官から右土地及び建物に関する評価命令を受けた評価人宮之原和彦をして、右内容虚偽の事実が記載された現況調査報告書等に基づき、不動産競売による売却により効力を失わない建物賃借権の存在を前提とした不当に廉価な不動産評価価格を評価書に記載させた上、平成八年六月五日ころ、これを同裁判所裁判官に提出させ、平成八年一二月二〇日ころ、情を知らない同裁判所裁判官をして、不動産競売による売却により効力を失わない建物賃借権の存在を前提とした不当に廉価な最低売却価格を決定させるとともに、平成九年三月五日ころ、前記東京地方裁判所において、情を知らない同裁判所職員をして、右内容虚偽の事実が記載された現況調査報告書等を入札参加希望者が閲覧できるように備え付けさせ、もって、偽計を用いて公の入札の公正を害すべき行為をした(平成一二年一月二八日付け起訴第一の二)。

第八  被告人庄野昌宏及び被告人矢田隆志は、共謀の上、東京地方裁判所裁判官が不動産競売の開始決定をしたベル興産株式会社所有の土地及び建物について、その売却の公正な実施を阻止しようと企て、ベル興産株式会社所有の東京都大田区大森西三丁目一二八番一の土地(二二〇・六三平方メートル)及び建物(家屋番号一二八番一)について、株式会社三菱銀行が根抵当権(昭和六〇年八月二日付け設定登記)に基づき平成八年一月五日付けで不動産競売を申し立てたことにより、同年一月九日付けで東京地方裁判所裁判官が発付した競売開始決定に基づき、同年二月八日ころ、同裁判所執行官江夏隆仁が現況調査のため右土地及び建物に関する登記内容、占有状況等について説明を求めた際、右江夏に対し、真実は、ベル興産株式会社がアールエスファンド株式会社に昭和六〇年三月一五日付けで右建物を賃貸しこれを引き渡した事実などないのに、「建物は昭和六〇年三月一五日にベル興産株式会社がアールエスファンド株式会社に賃貸し引き渡したものを、平成元年七月一日にアールエスファンド株式会社が株式会社ベル・アンド・ウイングに借主の地位を譲渡した。」旨の虚構の事実を申し向けるとともに、内容虚偽のベル興産株式会社、アールエスファンド株式会社間の昭和六〇年三月一五日付け室賃貸借契約書及び引渡し確認書並びにベル興産株式会社、アールエスファンド株式会社、株式会社ベル・アンド・ウイング間の平成元年七月一日付け借主の地位の譲渡にかかる合意書等を提出し、右江夏をしてその旨誤信させて現況調査報告書にその旨内容虚偽の事実を記載させた上、平成八年一一月二五日ころ、これを同裁判所裁判官に提出させ、同裁判所裁判官から右土地及び建物に関する評価命令を受けた情を知らない評価人中島郁夫をして、右内容虚偽の事実が記載された現況調査報告書等に基づき、不動産競売による売却により効力を失わない建物賃借権の存在を前提とした不当に廉価な不動産評価価格を評価書に記載させた上、平成九年一月二八日ころ、これを同裁判所裁判官に提出させ、同年五月二九日ころ、情を知らない同裁判所裁判官をして、不動産競売による売却により効力を失わない建物賃借権の存在を前提とした不当に廉価な最低売却価格を決定させるとともに、同年八月一一日ころ、前記東京地方裁判所において、情を知らない同裁判所職員をして、右内容虚偽の事実が記載された現況調査報告書等を入札参加希望者が閲覧できるように備え付けさせ、もって、偽計を用いて公の入札の公正を害すべき行為をした(平成一二年一月二八日付け起訴第二)。

第九  被告人庄野昌宏は、

一  長島和政らと共謀の上、実体のない有限会社ミキの設立登記をしようと企て、真実は、右長島和政において同会社の資本金を出資した事実がなく、同会社の事務所など存在しないのに、平成八年一一月二二日、東京都目黒区本町一丁目一六番一七号所在の東京法務局目黒出張所において、情を知らない司法書士小室重信をして、同出張所登記官に対し、商号を「有限会社ミキ」、目的を「1.医療機器の賃貸 2.不動産の取得、処分並びに賃貸管理 3.抵当証券の売買、及び売買の仲介 4.上記各号に附帯する一切の業務」、本店所在地を「東京都目黒区上目黒三丁目七番六号」、社員の氏名及び住所並びに出資口数を「神奈川県横浜市鶴見区馬場三丁目(以下略) 出資口数六〇口 長島和政」、取締役を「長島和政」等とする有限会社設立登記を求める有限会社設立登記申請書等の関係書類を提出させて内容虚偽の同会社設立登記の申請をさせ、情を知らない同出張所登記官をして、商業登記簿の原本にその旨不実の記載をさせ、即時、これを同所に備え付けさせて行使した(平成一二年一月二八日付け起訴第三の一)。

二  石島玲子らと共謀の上、実体のない有限会社メディカル・イトウの設立登記をしようと企て、真実は、右石島玲子において同会社の資本金を出資した事実がなく、同会社の事務所など存在しないのに、平成八年一一月二八日、東京都杉並区今川二丁目一番三号所在の東京法務局杉並出張所において、司法書士小室重信をして、同出張登記官に対し、商号を「有限会社メディカル・イトウ」、目的を「1.医療機器の賃貸 2.不動産の取得、処分並びに賃貸管理 3.上記各号に附帯する一切の業務」、本店所在地を「東京都杉並区上高井戸三丁目(以下略)」、社員の氏名及び住所並びに出資口数を「東京都大田区中央五丁目(以下略) 出資口数六〇口 石島玲子」、取締役を「石島玲子」等とする有限会社設立登記を求める有限会社設立登記申請書等の関係書類を提出させて内容虚偽の同会社設立登記の申請をさせ、情を知らない同出張所登記官をして、商業登記簿の原本にその旨不実の記載をさせ、即時、これを同所に備え付けさせて行使した(平成一二年一月二八日付け起訴第三の二)。

三  矢田千里らと共謀の上、実体のない株式会社メイプル・ホームの設立登記をしようと企て、真実は、同会社の創立総会が開催された事実も右矢田千里において同会社の株式を引き受けた事実もなく、同会社の事務所など存在しないのに、平成九年一月一四日、東京都葛飾区小管四丁目二〇番二四号所在の東京法務局城北出張所において、情を知らない司法書士小室重信をして、同出張所登記官に対し、商号を「株式会社メイプル・ホーム」、目的を「1.建築の設計施工、並びに請負。 2.不動産の取得、処分並びに賃貸借および管理。 3.前記各号に附帯関連する一切の業務。」、本店所在地を「東京都足立区梅田八丁目(以下略)」、発起人の氏名及び住所並びに発起人が設立に際して引き受けた株式数を「神奈川県横浜市保土ヶ谷区西久保町(以下略)矢田千里 額面株式一〇〇株」等とする株式会社設立登記を求める株式会社設立登記申請書等の関係書類を提出させて内容虚偽の同会社設立登記の申請をさせ、情を知らない同出張所登記官をして、商業登記簿の原本にその旨不実の記載をさせ、即時、これを同所に備え付けさせて行使した(平成一二年一月二八日付け起訴第三の三)。

四  下村善人らと共謀の上、実体のない有限会社エス・エス・プランニングの設立登記をしようと企て、真実は、右下村善人において同会社の資本金を出資した事実がなく、同会社の事務所など存在しないのに、平成九年五月八日、東京都新宿区北新宿一丁目八番二二号所在の東京法務局新宿出張所において、情を知らない司法書士小室重信をして、同出張所登記官に対し、商号を「有限会社エス・エス・プランニング」、目的を「展示会、パーティー等、催事の企画、制作に関する業務、音楽用音響装置のレンタル、音楽家、芸能人に対するマネージメント業務、不動産売買、賃貸、管理、仲介等の取引に関する業務」等、本店所在地を「東京都新宿区北新宿一丁目三三番四号」、社員の氏名及び住所並びに出資口数を「東京都足立区梅田八丁目(以下略) 出資口数六〇口 下村善人」、取締役を「下村善人」等とする有限会社設立登記を求める有限会社設立登記申請書等の関係書類を提出させて内容虚偽の同会社設立登記の申請をさせ、情を知らない同出張所登記官をして、商業登記簿の原本として用いられる電磁的記録にその旨不実の記録をさせ、即時、これを公正証書の原本としての用に供させた(平成一二年一月二八日付け起訴第三の四)。

五  前記第九の三に係る株式会社メイプル・ホーム名義で競落した前記第七の二記載の土地及び建物(平成九年七月二九日付けで、一七九二番一六の土地につき敷地権設定登記、建物につき一七九二番一六の一ないし一二に専有部分の区分登記)に対し仮装の抵当権設定登記をしようと企て、真実は、株式会社メイプル・ホームが有限会社ロータリー(平成九年五月八日、前記第九の四に係る「有限会社エス・エス・プランニング」から商号変更)から金員を借り受けた事実も、右土地及び建物に抵当権を設定した事実もないのに、平成一〇年三月一〇日、前記東京法務局目黒出張所において、情を知らない司法書士小室重信をして、同出張所登記官に対し、抵当権者を有限会社ロータリー、債務者を株式会社メイプル・ホーム、債権額を二億円等とする抵当権設定登記申請書を関係書類とともに提出させて内容虚偽の右抵当権設定登記の申請をさせ、情を知らない同出張所登記官をして、不動産登記簿の原本として用いられる電磁的記録にその旨不実の記録をさせ、即時、これを公正証書の原本としての用に供させた(平成一二年一月二八日付け起訴第三の五)。

六  輪嶋善助、遠藤隆らと共謀の上、株式会社エムアンドエスについて仮装の代表取締役を登記しようと企て、真実は、遠藤隆を同会社の取締役に選任した株主総会が開催された事実も、同人を同会社の代表取締役に選任した取締役会が開催された事実もなく、また、遠藤隆において株式会社エムアンドエスの代表取締役の職務に当たる意思もないのに、平成一〇年七月一六日、東京都千代田区大手町一丁目三番三号所在の東京法務局において、情を知らない司法書士小室重信をして、同法務局登記官に対し、株式会社エムアンドエスの代表取締役を「東京都中野区東中野五丁目二〇番九号遠藤隆」等とする株式会社変更登記申請書を関係書類とともに提出させて内容虚偽の右株式会社変更登記の申請をさせ、情を知らない同法務局登記官をして、商業登記簿の原本にその旨不実の記載をさせ、即時、これを同所に備え付けさせて行使した(平成一二年一月二八日付け起訴第三の六)。

七  輪嶋善助、新川久らと共謀の上、前記第六、第七の一、二に係るベル・リアルエステート株式会社について仮装の代表取締役を登記しようと企て、真実は、新川久を同会社の取締役に選任した株主総会が開催された事実も、同人を同会社の代表取締役に選任した取締役会が開催された事実もなく、同人においてベル・リアルエステート株式会社の代表取締役の職務の執行に当たる意思もないのに、平成一〇年七月一六日、東京都港区東麻布二丁目一一番一一号所在の東京法務局港出張所において、情を知らない司法書士小室重信をして、同出張所登記官に対し、ベル・リアルエステート株式会社の代表取締役を「東京都板橋区幸町五番一五―七〇一号 新川久」等とする株式会社変更登記申請書を関係書類とともに提出させて内容虚偽の右株式会社変更登記の申請をさせ、情を知らない同出張所登記官をして、商業登記簿の原本として用いられる電磁的記録にその旨不実の記録をさせ、即時、これを公正証書の原本としての用に供させた(平成一二年一月二八日付け起訴第三の七)。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

一  被告人庄野昌宏について

被告人庄野昌宏の判示第一の所為は刑法六〇条、二四六条二項に、判示第二の所為中公正証書原本不実記載の点は同法六〇条、一五七条一項に、同行使の点は同法六〇条、一五八条一項、一五七条一項に、判示第三の所為中公正証書原本不実記載の点は同法六〇条、一五七条一項に、同行使の点は同法六〇条、一五八条一項、一五七条一項に、判示第四の所為は包括して同法六〇条、九六条の二に、判示第五の所為中公正証書原本不実記載の点は同法一五七条一項に、同行使の点は同法一五八条一項、一五七条一項に、判示第六の所為は同法六〇条、九六条の三第一項に、判示第七の一及び二の各所為はいずれも同法六〇条、九六条の三第一項に、判示第八の所為は同法六〇条、九六条の三第一項に、判示第九の一ないし三及び六の各所為中、公正証書原本不実記載の点はいずれも同法六〇条、一五七条一項に、同行使の点はいずれも同法六〇条、一五八条一項、一五七条一項に、判示第九の四及び七の各所為中、電磁的公正証書原本不実記録の点はいずれも同法六〇条、一五七条一項に、同供用の点はいずれも同法六〇条、一五八条一項、一五七条一項に、判示第九の五の所為中、電磁的公正証書原本不実記録の点は同法一五七条一項に、同供用の点は同法一五八条一項、一五七条一項にそれぞれ該当するところ、判示第一の罪を除く各罪についていずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人庄野昌宏を懲役三年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中三〇日を右刑に算入することとする。

二  被告人矢田隆志について

被告人矢田隆志の判示第一の所為は刑法六〇条、二四六条二項に、判示第四の所為は包括して同法六〇条、九六条の二に、判示第六の所為は同法六〇条、九六条の三第一項に、判示第七の一及び二の各所為はいずれも同法六〇条、九六条の三第一項に、判示第八の所為は同法六〇条、九六条の三第一項に、それぞれ該当するところ、判示第一の罪を除く各罪についていずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人矢田隆志を懲役二年六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予することとする。

三  被告人庄野信二について

被告人庄野信二の判示第四の所為は包括して刑法六〇条、九六条の二に、判示第六の所為は同法六〇条、九六条の三第一項に、判示第七の一及び二の各所為はいずれも同法六〇条、九六条の三第一項にそれぞれ該当するところ、以上の各罪についていずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、犯情の最も重い判示第七の一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人庄野信二を懲役一年六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人の主張は多岐にわたるが、その主なものについて判断する。

一  公訴棄却の主張について

弁護人は、判示第四の強制執行妨害の事実につき、その事実が真実であっても、何らの罪となるべき事実を包含していないときに当たるから、刑訴法三三九条一項二号により、公訴棄却の決定がされるべきであると主張する。すなわち、本件公訴事実の要旨は、ベル興産株式会社は、セントエヴァンス株式会社に対して有する「ウイングボックス一之江」の賃料債権が差し押さえられたことから、真実に反し、同社との賃貸借契約を解除して賃料相当額を使用損害金名目で受領する合意をしてその旨の覚書を交わした上、東京簡易裁判所裁判官の面前でその旨の即決和解を成立させ、ベル興産株式会社に帰属すべき賃料二八六八万五〇〇〇円を同社の当座預金口座等に振込入金させるなどし、その後また、平塚簡易裁判所裁判官の面前で、同様の内容の即決和解を成立させ、そのころ、セントエヴァンス株式会社との間で、右和解に基づいて、右損害金請求債権を株式会社ベル・アンド・ウイングに譲渡し、賃料九二七六万六三二五円を同社の当座預金口座に振込入金させ、もって、強制執行を免れる目的で財産を隠匿したというものであるが、<1>本件賃料債権の差押えは、株式会社三菱銀行がベル興産株式会社に対して有する債権の担保として、ウイングボックス一之江の建物に設定していた根抵当権に基づき、その物上代位権の行使としてなされたものであり、このような担保権の実行手続には、本来の強制執行とは性質を異にし、刑法九六条の二の適用はなく、また、<2>本件賃料債権の差押えの効力は、譲渡後の賃料債権にも及ぶものであって、本件賃料債権の譲渡は、担保権実行手続としての物上代位権行使を免れ、あるいはこれを妨害するものではないから、刑法九六条の二の犯罪を構成するものではないと主張する。

しかしながら、<1>本件賃料債権の差押えは、担保権の実行であり、強制執行には当たらず、刑法九六条の二の適用なないとの主張については、その担保権の実行手続は、強制執行としての債権執行手続が準用されて、債権差押命令が発せられているのであるから、本件賃料債権の差押えは刑法九六条の二にいう「強制執行」に当たると解するのが相当であり、また、<2>本件賃料債権の差押えの効力は、譲渡後の賃料債権にも及ぶから、本件賃料債権の損害金債権への変更、その債権譲渡は、刑法九六条の二の犯罪を構成しないとの主張については、同法条にいう「財産の隠匿」とは、財産に対する債権者の権利の喪失の有無に関わりなく、財産の発見を不能ないし困難にさせる行為をいうと解するのが相当であり、そして、本件賃料債権の差押えに対し、本件賃料債権の損害金債権への変更、その債権譲渡行為は、財産の発見を不能ないし困難にさせる行為に当たるというべきであるから、弁護人の公訴棄却の主張は失当である。

二  公訴時効完成の主張について

1  強制執行妨害罪について

弁護人は、判示第四の強制執行妨害罪は即成犯であり、本件強制執行妨害罪については、平成六年九月二六日に第一回目の即決和解を成立させて賃料債権を消滅させた時点、あるいは平成七年八月一〇日に第二回目の即決和解を成立させて、損害金債権を譲渡した時点で犯罪行為は完了しており、右各時点から公訴時効の期間が進行を開始するので、三年の公訴時効が完成している旨主張するので、検討する。

判示第四の認定のとおり、ベル興産株式会社(以下、「ベル興産」ともいう。)の代表取締役である被告人庄野昌宏(以下、「被告人昌宏」という。)らは、ベル興産のセントエヴァンス株式会社(以下、「セントエヴァンス」という。)に対する賃貸建物「ウイングボックス一之江」についての賃料債権が平成五年五月七日付け債権差押命令により差し押さえられ、セントエヴァンスが月額三〇〇万円の賃料を供託するようになったことから、賃料を受け取る形式を賃料債権の名目から損害金債権の名目に変えて強制執行を免れようと企て、セントエヴァンスの社長と交渉し、賃貸借契約は合意解約するが、平成七年六月末日まで「ウイングボックス一之江」の明渡しを猶予し、その間、セントエヴァンスはベル興産に対し賃料より減額した月額二〇〇万円の使用損害金を支払うという内容の第一回目の即決和解を平成六年九月二六日に成立させ、その後、右即決和解の期間満了を迎えるに当たり、セントエヴァンス側と再度交渉し、引き続き、平成一二年六月末日まで「ウイングボックス一之江」の明渡しを猶予し、その間、セントエヴァンスは株式会社ワールド・ベル(ベル興産から平成七年一一月に商号変更。以下、「ワールド・ベル」ともいう。)又はその指示する者に対し月額二〇〇万円の使用損害金を支払うという内容の第二回目の即決和解を平成七年八月一〇日に成立させ、また、そのころ、ワールド・ベルがセントエヴァンスに対して有する右使用損害金債権を株式会社ベル・アンド・ウイングに仮装譲渡し、そして、別表一、二記載のとおり、平成六年七月一日ころから平成一一年一一月一日ころまで、六五回にわたり、セントエヴァンスからベル興産や株式会社ベル・アンド・ウイングの当座預金口座等に損害金を振込入金させるなどして、財産を隠匿したことが認められる。

以上の事実によれば、被告人らは、賃料を損害金と名称を変えて、「ウイングボックス一之江」についての賃料債権に対する強制執行を免れるため、それまで賃料を供託していたセントエヴァンスとの間で、賃貸借契約を合意解約して、損害金の名目で賃料を受け取ることにするなどの即決和解を成立させたものであるが、賃貸借契約は継続契約であり、個々の賃料債権は各月ごとに順次発生し、その都度、発生した賃料債権は強制執行の対象となり供託されるべきものであるのに、被告人らは、セントエヴァンス社員をして、各月ごとに個々の賃料を損害金の名目で、ベル興産などの被告人らの関連会社の当座預金口座等に振込送金させるなどして、その都度供託をさせなかったのであるから、かかる行為は、その都度賃料債権を隠匿する行為であって、強制執行妨害罪における財産を隠匿する行為に当たるというべきである。そして、本件では、一個の債権差押命令による「ウイングボックス一之江」についての賃料債権に対する強制執行を免れるために財産を隠匿したのであるから、一連の隠匿行為は包括して一罪が成立するというべきであり、したがって、公訴時効の起算点は、損害金の名目で振込送金させて供託をさせなかった最後の時点である平成一一年一一月一日からとなり、平成一一年一二月一六日に公訴提起のあった本件強制執行妨害罪については公訴時効は完成していないというべきである。弁護人の主張は失当である。

2  競売入札妨害罪について

次に、弁護人は、判示第六、第七の一、二、第八の各競争入札妨害罪は即成犯であり、本件各競売入札妨害罪については、裁判所による現況調査報告書の写しの備付け・閲覧供用により既遂に達するのではなく、いずれも、被告人矢田隆志(以下、「矢田」という。)が、現況調査にあたった各執行官に対し、それぞれ虚偽の説明をしたり、内容虚偽の書類を提出した時点で既遂に達するのであり、右各時点からそれぞれの公訴時効が進行を開始するので、右各罪については、判示第六の事実のうち、平成九年一〇月二七日に現況調査が行われた事実を除いて、いずれも三年の公訴時効が完成している旨主張するので、検討する。

判示第六、第七の一、二、第八にいずれも認定のとおり、被告人ら(判示第八につき被告人庄野信二を除く。)は共謀の上、いずれも、競売申立てのあった不動産につき、<1>現況調査のため説明を求めた執行官に対し、虚偽の賃貸借契約等の存在の事実を陳述して、その虚偽の契約に関する書類等を提出し、<2>現況調査を行った執行官を誤信させて、虚偽の陳述等に従った現況調査報告書を作成させて、裁判所に提出させ、引き続いて、<3>不動産の評価人をして右現況調査報告書等に基づいて不当に廉価な不動産評価書等を作成させて、裁判所に提出させ、さらに、<4>裁判所をして、不動産競売の売却により効力を失わない建物賃借権の存在を前提とした、右不動産評価書等に基づく不当に廉価な最低競売価格を決定させ、そして、<5>裁判所職員をして内容虚偽の事実が記載された現況調査報告書等の書類を入札参加希望者が閲覧できるように備え付けさせるなどし、もって、偽計を用いて競売の公正を害すべき行為をしたことが認められる。

そして、弁護人の主張する競売入札妨害の事実については、いずれも、前記<1>の現況調査のため説明を求めた執行官に対し、虚偽の賃貸借契約等の存在の事実を陳述して、その虚偽の契約に関する書類等を提出した時点から公訴時効の進行が開始するとなると、公訴時効が完成していることになるが、前記<5>の裁判所職員をして内容虚偽の事実が記載された現況調査報告書等の書類を入札参加希望者が閲覧できるように備え付けさせた時点から、公訴時効の進行が開始するとなると、いずれも、公訴時効は完成していないことになる。

ところで、競売入札妨害罪は、公務の執行を妨害する罪の一つであって、公の競売入札が公正に行われることを保護するとともに、また、公正に公の競売入札が行われることによって、競売入札関係者らの受ける経済的利益をも保護する規定であると解するのが相当であり、そして、競売入札の公正を害する危険が発生すれば犯罪は成立し、また、その危険が存続する間は処罰の対象となると解するのが相当である。そして、前記<1>の現況調査のため説明を求めた執行官に対し、虚偽の賃貸借契約等の存在の事実を陳述し、その虚偽の契約に関する書類等を提出した時点以降、競売入札妨害罪の保護法益を害する危険が発生し、また、前記<2>から<5>にかけて手続を進行させている間も、競落入札関係者らの受ける経済的利益を害する危険は存続しているのであるから、かかる行為も処罰の対象となるというべきである。したがって、前記<5>の裁判所職員をして内容虚偽の事実が記載された現況調査報告書等の書類を入札参加希望者が閲覧できるように備え付けさせた時点から、時効が進行すると解することができるのであって、公訴時効が完成している旨の弁護人の主張は失当である。

三  判示第六の競売入札妨害の事実のうち、平成九年一〇月二七日に現況調査が行われた事実の存否について

弁護人は、判示第六の競売入札妨害の事実のうち、平成九年一〇月二七日に現況調査が行われた事実も含めて、全ての事実を認める旨冒頭手続において陳述していたが、弁論において、被告人矢田が、平成九年一〇月二七日ころ、執行官榊原勝利に虚構の事実を申し向け、同執行官を誤信させて、現況調査報告書に虚偽の事実を記載させたという事実を認めるに足る証拠はないかのような主張をするに至ったので、補足的に説明する。

被告人矢田の検察官調書(乙二六)、執行官榊原勝利の警察官調書(甲二〇七)、「銀座ウイングビル競売事件の経過」作成報告書(甲一九八)などの関係各証拠によれば、現況調査を受命した執行官榊原勝利は、調査にあたって、平成七年九月一九日付け競売開始決定による建物及び地上権の競売事件と、平成九年九月一九日付け競売開始決定による土地の競売事件がやがて併合されることを前提に、先行の競売事件で執行官矢吹勝啓が作成した現況調査報告書を参照して、その調査内容に変更がないかも含めて現況調査を実施することとし、執行官矢吹作成の現況調査報告書に記載された、担保権に優先する長期賃借権の存在を再確認するなどの目的で、被告人矢田に電話をかけ、建物の賃貸借状況について説明を求めたところ、被告人矢田は、「本件土地及び建物は、当社の物と考えている。賃借権等の権利関係については、前回契約書を提出しているとおり、管理は一括して管理会社に委託し、建物使用者としての賃料は受け取っている。」旨回答したので、執行官榊原は、被告人矢田の右回答により、執行官矢吹による現況調査の時と変わらず、建物につき長期賃借権が存在すること等を確認し、被告人矢田の陳述内容を現況調査報告書の執行官の意見欄に記入したものであり、被告人矢田が執行官矢吹に提出した契約書類の中には、虚偽の建物についての長期賃貸借に関する契約書等も含まれていることなどが認められ、右事実に加えて、被告人昌宏及び被告人矢田の供述内容を総合考慮すれば、被告人矢田は、被告人昌宏の意向に従って、前回の執行官矢吹の現況調査の時と同様の虚構の事実を申し向け、執行官榊原をしてその旨誤信させて現況調査報告書にその旨の内容虚偽の事実を記載させたことが認められる。弁護人の主張は失当である。

四  会社設立に関する公正証書原本不実記載、同行使、電磁的公正証書原本不実記録、同供用罪の不成立の主張について

弁護人は、判示第二、第九の一ないし三の各公正証書原本不実記載、同行使の事実、判示第九の四の電磁的公正証書原本不実記録、同供用の事実につき、設立登記をした各会社には実体があり、右各罪が成立しないかのような主張をし、被告人も捜査段階及び第一回公判期日での供述では、右各事実を認め、自白していたのに、その後、弁護人の右主張に沿う供述をするに至っているので、検討する。

公正証書原本不実記載罪や電磁的公正証書原本不実記録罪にいう、公務員に虚偽の申立てをして、不実の記載をさせるというのは、存在しない事実を存在するものとし、また、存在する事実を存在しないものとして記載させることをいうが、判示第二、第九の一ないし三の各公正証書原本不実記載、同行使の事実、判示第九の四の電磁的公正証書原本不実記録、同供用の事実については、次のとおりである。

1  判示第二の有限会社エイ・ワイの会社設立の事実について

被告人昌宏の検察官調書(乙二、三)、谷田あゆみの検察官調書(甲七一)及び警察官調書(甲六八ないし七〇)、小林昌代の警察官調書(甲七二)山本利広の警察官調書(甲七三)、小室重信の警察官調書(甲六四)、所在確認報告書(甲八〇)、会社実体解明捜査報告書(甲八一)などの関係各証拠によれば、有限会社エイ・ワイは、金融機関から融資を引き出す名目会社とする意図で、被告人昌宏により設立書類などが整えられ、設立登記手続がされたものであり、会社の出資者及び取締役として登記されている谷田あゆみは被告人昌宏の依頼により役員として名義を貸したのみであって、同社の意思決定を行う機関は存在せず、同社の事務所も存在せず、設立登記後も活動を行っていないことが認められるのであり、これらの事実によれば、被告人昌宏は、存在しない事実を存在するものとして、公正証書原本に不実の記載をさせたものと認定することができ、弁護人の主張は失当である。

2  判示第九の一の有限会社ミキの会社設立の事実について

被告人昌宏の検察官調書(乙一〇)、長島和政の警察官調書(甲三〇一)、小室重信の警察官調書(甲三〇二)、庄野陸夫の警察官調書(甲四〇八)、会社実体解明捜査報告書(甲三〇九)、有限会社「ミキ」の実態解明捜査報告書(甲三一〇)などの関係各証拠によれば、被告人昌宏は、物件取得に利用するペーパーカンパニーとする意図で、有限会社ミキの設立登記手続をさせ、会社の出資者及び取締役として登記されている長島和政は被告人の昌宏の依頼により役員として名義を貸しただけであり、同社には意思決定を行う機関が存在せず、同社の事務所もなく、設立登記後も経済活動を行ったことはないことが認められるのであり、これらの事実によれば、被告人昌宏は、存在しない事実を存在するものとして、公正証書原本に不実の記載をさせたものと認定することができ、弁護人の主張は失当である。

3  判示第九の二の有限会社メディカル・イトウの会社設立の事実について

被告人昌宏の検察官調書(乙一一)、石島玲子の警察官調書(甲三一二)、小室重信の警察官調書(甲三一三)、ベルザ平和島に係る競落資金等解明結果捜査報告書(甲四一〇)などの関係各証拠によれば、被告人昌宏は、自己の経営するワールド・ベルの所有物件を競落する受け皿の名義会社として利用する意図で、有限会社メディカル・イトウの設立登記手続をしたものであり、会社の出資者及び取締役とされる石島玲子は被告人昌宏の依頼により役員として名義を貸しただけであり、同社の意思決定を行う機関は存在せず、同社の事務所はなく従業員もいなかったものであり、また設立登記後に目論見どおり同社名義で判示第八の競売入札妨害に係る物件を競落し、同物件の賃料の振込みを受けていることなどが認められるのであり、これらの事実によれば、被告人昌宏は、存在しない事実を存在するものとして、公正証書原本に不実の記載をさせたものと認定することができ、弁護人の主張は失当である。

4  判示第九の三の株式会社メイプル・ホームの会社設立の事実について

被告人昌宏の検察官調書(乙一〇)、矢田千里の警察官調書(甲三一八)、小室重信の警察官調書(甲三一九)、下村善人の警察官調書(甲三二四)、所在確認捜査報告書(甲三二二)、ベルザ自由ヶ丘に係る競落資金等解明捜査報告書(甲四〇九)などの関係各証拠によれば、被告人昌宏は、競売入札妨害により最低競売価格を下げたワールド・ベル所有物件を競落する受け皿の名義会社として利用する意図で、株式会社メイプル・ホームの設立登記をしたものであり、役員として登記されている矢田千里は被告人矢田の父親であり、下村善人は証券会社の社員であり、いずれも被告人昌宏の依頼により名義を貸しただけであり、同社の意思決定等を行う機関は存在せず、同社の事務所も従業員もなく、設立登記後に目論見どおり同社の名義で右物件を競落し、賃料の振込みを受けていることなどが認められるのであり、これらの事実によれば、被告人昌宏は、存在しない事実を存在するものとして、公正証書原本に不実の記載をさせたものと認定することができ、弁護人の主張は失当である。

5  判示第九の四の有限会社エス・エス・プランニングの会社設立の事実について

被告人昌宏の検察官調書(乙一〇)、下村善人の警察官調書(甲三二四)、小室重信の警察官調書(甲三二五)、所在確認捜査報告書(甲三二八、三二九)、会社実体解明報告書(甲三三〇)などの関係各証拠によれば、出資者及び取締役とされている下村善人は名義を貸しただけであり、同人において出資した事実はなく、同社の意思決定をする機関は存在せず、同社の事務所もなく、設立登記後にも経済活動を行っていないことなどが認められるのであり、これらの事実によれば、被告人昌宏は、存在しない事実を存在するものとして電磁的公正証書原本に不実の記録をさせたものと認定することができ、弁護人の主張は失当である。

五  根抵当権設定仮登記、所有権移転仮登記、抵当権設定登記に関する公正証書原本不実記載、同行使、電磁的公正証書原本不実記録、同供用罪の不成立の主張について

弁護人は、判示第三、第五の各公正証書原本不実記載、同行使の事実、判示第九の五の電磁的公正証書原本不実記録、同供用の事実につき、被告人庄野昌宏には、根抵当権設定仮登記、所有権移転仮登記、抵当権設定登記について、真実、その旨の登記をする意思があったのであるから、いずれも有効な登記であり、不実のものではないから、無罪であると主張し、被告人も捜査段階及び第一回公判期日での供述では、右各事実を認め、自白していたのに、その後、弁護人の右主張に沿う供述をするに至っているので、検討する。

公正証書原本不実記載罪や電磁的公正証書原本不実記録罪にいう、公務員に虚偽の申立てをして、不実の記載をさせるというのは、存在しない事実を存在するものとし、また、存在する事実を存在しないものとして記載させることをいうが、判示第三、第五の各公正証書原本不実記載、同行使の事実、判示第九の五の電磁的公正証書原本不実記録、同供用の事実については、次のとおりである。

1  判示第三の根抵当権設定仮登記について

被告人昌宏の検察官調書(乙四)、被告人庄野信二の検察官調書(乙三五)、大川博の検察官調書(甲一三〇)、Aの検察官調書(甲一四一)及び警察官調書(甲一三五)、庄野栄一の検察官調書(甲一三二)などの関係各証拠によれば、被告人庄野昌宏は、判示第一の犯行の経緯で、自宅の土地及び建物に設定登記されていた担保権を消滅させたが、金融機関から追加担保設定を要求されるのを避けるために、判示第二の経緯で設立登記しておいた実体のない有限会社エイ・ワイを権利者として、土地建物に根抵当権設定仮登記を付けるため、ワールド・ベル社員大川博に指示して、契約をした事実はないのに根抵当権設定契約証書を作成させ、右土地及び建物につき本件根抵当権設定仮登記をさせたものと認めることができ、また、被告人昌宏もその旨の自白をしていることが認められるのであり、これら事実によれば、被告人昌宏は、存在しない事実を存在するものとして、公正証書原本に不実の記載をさせたものと認定することができ、弁護人の無罪の主張は失当である。

ちなみに、被告人昌宏は、その陳述書一八(弁五二)において、自宅を何としても手放したくないと考え、取りあえず家族を債務者、有限会社エイ・ワイを根抵当権者とする根抵当権の仮登記を付けておいて、後日、金融機関から融資を受ける際に根抵当権を有限会社エイ・ワイから当該金融機関に変更すればよいと思い込んでいた旨供述をするが、虚偽の登記であることを認識していたことに変わりはないというべきである。

2  判示第五の所有権移転仮登記について

被告人昌宏の検察官調書(乙九、一一)、大川博の警察官調書(甲四三七、四四〇)、会社実体解明捜査報告書(甲四五八)などの関係各証拠によれば、被告人昌宏は、これまで不動産の名義を移すことなどで各銀行からの追加担保の要求や差押えなどを免れてきたことから、ベル興産株式会社の所有する判示第五の土地及び建物についても所有権移転仮登記をしておけば、少なくとも競売手続を遅らせることができるだろうと考え、有限会社ウイングコードとベル興産との間に売買契約も会計処理もないのに、有限会社ウイングコードへの本件所有権移転仮登記をさせたことが認められ、また、被告人昌宏もその旨の自白をしていることが認められるのであり、これら事実によれば、被告人昌宏は、存在しない事実を存在するものとして、公正証書原本に不実の記載をさせたものと認定することができ、弁護人の無罪の主張は失当である。

ちなみに、被告人昌宏は、その陳述書二一(弁五五)において、本件所有権移転仮登記手続をしたのは、真実、将来に有限会社ウイングコードにおいて物件を買い取る意思の下におこなったものである旨の供述をするが、被告人昌宏の検察官調書(乙九、一一)によれば、そもそも有限会社ウイングコードは、顧問弁護士から、物件の名義を移転するためには有限会社の形態で設立するのがよい旨の示唆を受けて設立した会社であって、事業を営まず名義のみが利用されていたいわゆるペーパーカンパニーであることなどにかんがみると、右陳述書における被告人昌宏の供述は信用できないというべきである。

3  判示第九の五の抵当権設定登記について

被告人昌宏の検察官調書(乙一〇)、小室重信の警察官調書(甲三三一)、全部事項証明書(甲二三〇、二三一)及び区分建物全部事項証明書(甲二三二ないし二四三)、その他関係証拠によれば、被告人昌宏は土地及び建物を利用して抵当証券の発行を受けて新たな資金を得ようと企て、判示第九の三の経緯で設立登記しておいた実体のない有限会社メイプル・ホームと判示第九の四の経緯で設立登記しておいた実体のない有限会社ロータリーの間の架空の金銭消費貸借契約による債権を被担保債権として債権額二億円の抵当権設定登記手続を行ったが、その後二億円分もの抵当証券の発行を受けてもそれを利用した資金化が難しいと考え、一部弁済を仮装して債権額を一億円に変更登記した後、抵当証券の発行を受け、これを東京相和銀行渋谷支店に持ち込んで事業資金を得ようとしたが、成功しなかったことが認められ、また、被告人昌宏もその旨の自白をしていることが認められるのであり、これら事実によれば、被告人昌宏は、存在しない事実を存在するものとして、電磁的公正証書原本に不実の記録をさせたものと認定することができ、弁護人の無罪の主張は失当である。

ちなみに、被告人昌宏は、その陳述書一七(弁五一)において、抵当権設定当時、被担保債権は存在していなかったが、抵当証券を販売し、代金を客から受領した時点で金銭消費貸借が成立するものと思いこんでいたのであり、抵当権を設定する意思は真実あった旨供述するが、被告人昌宏は前記のとおり抵当証券の発行を受ける前に被担保債権の一部弁済を仮装して登記手続をしていることなどにかんがみても、抵当証券の販売により金銭消費貸借が成立すると信じていたなどという右陳述書における被告人昌宏の供述は不自然、不合理であって信用できないというべきである。

(量刑の事情)

本件は、いわゆるバブル経済が破綻して、被告人昌宏が代表取締役として不動産業を営んでいた株式会社ワールド・ベル(旧商号ベル興産株式会社)が金融機関からの多額の負債を抱えてその返済ができなくなり、個人保証していた同社の負債の担保となっている不動産や同社の債権に対し次々に競売申立てや強制執行がされるに及んで、ワールド・ベルの財務部長である被告人矢田と二人で詐欺(判示第一)、競売入札妨害(判示第八)を、更に被告人昌宏の次男でワールド・ベル関連会社ベル・アンド・ウイングの代表取締役である被告人庄野信二(以下、「被告人信二」という。)を加えて強制執行妨害(判示第四)、競売入札妨害(判示第六、第七の一、二)を、また、いわゆるペーパーカンパニーの設立登記や仮装担保権の登記等を企てて、公正証書原本不実記載、同行使(判示第二、第三、第五、第九の一ないし三、六)、電磁的公正証書原本不実記録、同供用(判示第九の四、五、七)に及んだという事案である。

被告人昌宏は、昭和四一年一二月にベル興産を設立し、不動産業を営むようになり、事業規模を拡大しながら、いわゆるバブル経済の波に乗って、多数の不動産の売買取引を行うとともに貸しビル業を営んで収益を上げるようになった。しかし、平成二年ころからいわゆるバブル経済が崩壊するようになると景気が低迷し、平成三年には不動産の売買自体が成立しなくなってその収入がなくなり、賃料収入についても、テナントが相次いで撤退して行き、賃料の減額や撤退するテナントへの保証金の返還額も多額となって、資金繰りが苦しくなり、また、不動産の地価の下落は止まらず、担保価値が下落したために、金融機関からの新たな借入れが困難となったばかりか、既に融資を受けていた金融機関からも追加担保を要求されるようになり、約定どおりの金利の支払ができなくなっていた。平成三年一二月末ころの時点で、ワールド・ベルの借入残高は、金融機関一三行から合計約四六〇億円となっており、約定どおりの元利金の返済は毎月約二〇億円弱程になっていて、倒産するしかない状況に追い込まれていた。平成四年に入ると、被告人昌宏は、金融機関に元本の返済猶予や返済額の減額を申し入れて、景気が回復するまで時間稼ぎをしようとしていたが、三菱信託銀行や中央信託銀行などからは、元利金の一括返済を強く求められるようになった。被告人昌宏は、こうした状況において、金融機関に対しベル興産の情報を開示せず、融資の返済の計画も明らかにしないまま、顧問弁護士の助言を受けながら、ベル興産所有の不動産物件の名義をいわゆるペーパーカンパニーの名義に移したり、不動産物件にペーパーカンパニー名義で仮装の担保権を設定したりするなどして、ベル興産の財産である不動産物件を金融機関から隠し、あるいはベル興産所有の物件に仮装の担保権を設定するなどの方法により、追加担保の差し出しを免れ、あるいは強制執行等を困難ならしめようとし、また、ベル・アンド・ウイングなどを賃貸借契約の間に入れて転貸借を装って、賃料の差し押さえを受けることなく、賃料を受け取り、他方、金融機関に対する支払は、一方的に毎月の金利の返済額を引き下げて細々と銀行に返済していた。ところが、平成七年ころから、各銀行は担保権を設定していた不動産物件を次々と競売にかけるようになり、平成八年三月には、三菱銀行と三菱信託銀行からワールド・ベルの破産を申し立てられ、平成八年一〇月には、ワールド・ベルの大口債権者であった日本住宅金融株式会社の経営が破綻し、その債権が株式会社住宅金融債権管理機構(以下、「住管機構」という。)に譲渡されて、取立てが厳しくなった。破産申立てについては、平成九年七月に二〇億円を支払い、追加の担保物件を差し入れて和解が成立したので、破産を免れ、また、住管機構の取立てについては、二つの不動産物件の任意売却を行うなどして、平成一〇年一〇月末に現金と株式で債務額の一部一七億円余りを弁済し、残債務約九六億八六〇〇万円余りの債権放棄をしてもらって、第一順位の根抵当権が消滅することになった。

しかるに、被告人昌宏は、この間、債権者から自己や家族などの財産を隠匿するため、その受け皿となるペーパーカンパニーの設立登記手続や仮装担保権等の登記手続を行った公正証書原本不実記載、同行使、電磁的公正証書原本不実記録、同供用を敢行し、そして、共犯者とともに、賃料を損害金の名目で隠匿して賃料に対する強制執行を免れた強制執行妨害を、担保権に優先する賃貸借契約を仮装して競売入札の公正を害した競売入札妨害を、第一順位の根抵当権が消滅したにもかかわらず、依然としてこれあるように装い、極度額八億円の第二順位の根抵当権者である金融機関の担当者らを欺き、二〇〇万円の支払いをしただけでその抹消登記手続をさせた詐欺をそれぞれ敢行したのであるが、いずれも借りた借金は返さないで、自己の得た財産は債権者から隠匿するという意図から出た犯行であって、倫理観の欠如した卑劣な犯行であり、態様は巧妙で計画的であって、強制執行妨害による被害は、五年以上の長期間にわたり、詐欺の被害額は莫大であり、競売入札妨害については、犯行自体四つの物件にわたり重ねており、各担保権に優先する賃借権の存在を仮装することによって、競売物件の最低競売価格を下げ、うち二つの物件については、自己の設立したペーパーカンパニー名義で自ら落札していること、被告人昌宏は、全ての犯行において、首謀者であり、自己の計算において行い、主導的、積極的に共犯者らに指示したものであることなどにかんがみると、犯情は悪質であり、強く非難されなければならず、被告人昌宏の刑事責任は最も重いと言わなければならない。いわゆるバブル経済が崩壊したことが遠因をなすとしても、その経済的苦境は被告人自らが招いたものであって、いたずらに他を責めて被告人昌宏の責任を軽くするような事情ではない。したがって、詐欺により抹消された登記につき回復登記がなされて被害が回復されており、今更のごとく本件の非に気づき反省の情を示しており、これまで古い罰金刑以外に前科がないこと、その他被告人昌宏の年齢など、被告人昌宏のために酌むべき諸事情を考慮しても、主文の掲記の刑に処するのが相当であると判断する。

被告人矢田は、詐欺、強制執行妨害、競売入札妨害の各犯行において、被告人昌宏の指示を受けて、実行行為に深く関与しており、その果たした役割は大きく、結果も重大であり、その刑事責任は重いと言わなければならないが、いずれの犯行についても首謀者は被告人昌宏であり、代表取締役である被告人昌宏の部下として従属的に関わったものであること、各犯行により特別の利益を受けてはおらず、今更ながら本件犯行の非を認め、反省の情を披瀝していること、これまで前科前歴はなく、その他被告人矢田の家族状況など被告人矢田のために酌むべき諸事情を考慮すれば、主文掲記の刑に処した上、その執行を猶予するのを相当とする。

被告人信二は、強制執行妨害及び競売入札妨害のうちの三件に関与し、強制執行妨害においては、自ら損害金債権のベル・アンド・ウイングへの譲渡を提案し、競売入札妨害においては、借主の地位移転の合意書の作成に関わっており、その刑事責任を軽くみることはできないが、各犯行における首謀者は被告人昌宏であり、被告人信二の関与は従属的であり、競売入札妨害については、被告人昌宏に促されるまま書類に押印等をしており、今更ながら本件犯行の非を認め、反省の情を披瀝しており、これまで前科はないことなど、被告人信二のために酌むべき諸事情を考慮すれば、主文掲記の刑に処した上、その執行を猶予するのを相当とする。

よって、主文のとおり判決する。

別表一

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